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雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。

体は社会人、心は自由人。三十路間近のネコ好き。日記や日々考えたこと、社会問題、ときどきサッカー。

道徳の教科化について1~教科化とは何か~

社会問題

 

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平成30年度というとまだまだ先のように思えますね。

「道徳の教科化」というのが最近、話題になっていまして、文部科学省は平成30年度の教科化を目標として動いているようです。

 

「道徳の教科化」については世間の関心もかなり高くて、こちらの記事によると、新指導要領案におよそ6000件の意見が寄せられたようです。

僕なんかはこんな意見募集をしていることすら知りませんでした。

 

さて、「道徳の教科化」ですが、これについて議論する前に、まずこの記事においては「教科化とは何か」について書いていきます。(一部、教科化の影響についても言及しています)

 

教科には3つの要件がある

これだけいろんな議論が交わされているにも関わらず、「教科」にははっきりとした定義はないようです。ただ、以下のように、3つの要件をおおよそ満たすものを「教科」と呼ぶみたいです。

実は、「教科」とは何かという明確な定義はありません。ただし、一般的には(1)免許を持った専門の教師が、(2)教科書を使って指導し、(3)数値等による評価を行う――とされています <道徳教育> なぜいま「特別の教科」に格上げを検討? 

 

確かに、国語や英語などの5教科だけではなく、音楽や美術、体育もこの条件に当てはまっていますね。

ただ、これらは絶対の定義ではなく、あくまでも「教科というのはこのような性質を持っているのが一般的です」というだけであり、道徳には当てはまらない部分もあるようです。

 

①免許を持った専門の教師

 

このうち(1)に関しては、もともと教員免許を取得するための大学の教職課程で道徳の指導法が必修化されています。道徳教育が学校の教育活動全体を通じて行われる以上、改めて独自の免許を出すというのもおかしな話になります。<道徳教育> なぜいま「特別の教科」に格上げを検討? 

現在でも教員免許を取得する際に道徳の指導方法について学ぶことが必修化されているようです。

引用元は「道徳単体で免許を出すのはおかしい」と言っていますが、「学校教育全体としての道徳」は教員にとって必須であっても、「道徳教科としての道徳」についてまで必修化する必要はありません。

「道徳の先生」を作ることにも十分意味はあります。例えば、キリスト教や仏教、儒教イスラム教などの宗教的な知識も専門の先生には持っておいてほしいですし、日本における倫理観の成り立ち、法律の成り立ち(ハンムラビ法典から今まで)、他国の道徳的価値観などなどについても必須の知識だと思います。

「散らかしたら片づけよう」とか「人の悪口は言わないようにしよう」レベルの話であればどの先生もできるかもしれませんが、教科化し、深く学ぶようにするのであれば、やはり「道徳の先生」としての免許は必要でしょう。

次に教科化に伴い、大学において道徳を対象とする領域が開設され、専門の教員配置が実現するだろう。これによって初めて、道徳の目的・内容・評価・指導法などについての学問的な研究体制の確立が期待できる

【解答乱麻】道徳教科化の課題は何か 教育評論家・石井昌浩(2/3ページ) - 産経ニュース

とあるように、教科化することで大学において、その指導方法などの研究も進むことも期待できそうです。

 

②教科書について

道徳が教科化されることで何がどのように改善されるのだろう。まず、検定教科書が使われることが特筆すべき変化である。従来の副読本などに加えて、教科書を使用することにより、学校や教員によって授業内容に格差が生まれていた状況が解消されるだろう。

【解答乱麻】道徳教科化の課題は何か 教育評論家・石井昌浩(2/3ページ) - 産経ニュース

確かに、教科書がないと担任ごとに使う教材も異なり、全国一律の(一定の質を保証する)教育ができない可能性もあります。

ある先生は差別問題に寄った教育を行うかもしれませんし、ある先生は愛国心に熱意を持って指導するかもしれません。教科書として認定するにあたり、「検定」という点が少し引っかからなくもないですが、教科書がない現状よりはマシになるんでしょう。


③評価について

道徳教育については、一人一人の道徳性を培うものであり、道徳性はきわめて多様な心情、価値、態度等を前提としていることにかんがみれば、数値による評価を行うことは不適切であり、この考え方は引き続き維持すべきである。また、児童生徒の内面そのものを評価の対象としたり、入学者選抜等の他の判断の基礎としたりすることについても厳に慎むべきと考える。道徳教育の充実に関する懇談会


とあるように、「点数によって順序をつける」とか「入試に影響させる」といった意味では評価をしないとのことです。

例えば、少し視野の狭い子に対しては「すごく深く考えていて、そこはとても良いことです。さらに見方を変えて、視野を広げてみるともっと良くなるでしょう」とか、差別についてしっかり意見を書いている子に対しては「差別に対する意識が高いことが伝わってきました。一度、これまでの差別が起きてきた背景なども調べてみましょう」とか。

たぶん、これぐらいのことは今もやっているんだろうとは思いますが、それを継続するということですね。間違っても、点数化して順位付けは行わないというところははっきりしているようです。

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まとめ

この記事では「道徳の教科化」の「教科化とは何か」という点について記事を書いてきました。後の記事でも述べますが、テーマ・議題を正確に理解することは、適切な議論の必須条件です。

よく見かけるのは「点数化なんてするべきじゃない!よって、教科化反対!」という意見ですが、これについては上記のとおり、「教科化」には点数をつけることは絶対条件ではなく、また文科省も点数をつけることは考えていないようです。

では、次回は「道徳とは何か」について記事にしたいと思います。

 

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