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雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。

体は社会人、心は自由人。三十路間近のネコ好き。日記や日々考えたこと、社会問題、ときどきサッカー。

炎上した貧困jkと日本の「節約教」、「文句を言うな教」について

社会問題

緑色の色鉛筆

 

今回は、少し前の話になっちゃいましたが、ネット界隈で炎上中の貧困jkのお話を取り上げます。

 

 

貧困jkとは

貧困jkのお話というのは、『NHKで「貧困である」と紹介された女の子が、実はそんなに貧しくないのでは』という推測がなされ、炎上したお話です。

炎上元の記事はこちら。


炎上を分かりやすくまとめているのがこちら。

NHKによると、この高校3年生の女子生徒は母子家庭で経済的に厳しく、入学金を払えないため希望するデザイン系の専門学校への進学を断念。中学時代の授業では、パソコンを持っていなかったため、先生に「ダブルクリックして」「画面をスクロールさせて」と言われてもついていくことができなかった。そして、母親から1000円ほどのキーボードだけを買ってもらい一生懸命練習したという。

しかし、女子高生の部屋にあるペンセットが定価約2万円の商品であることがネットユーザーによって特定。また、女子高生のものとみられるTwitterアカウントも特定された。Twitterアカウントには、部屋にあった絵と同じものが投稿されているほか、「ONE PIECE」の映画を複数回鑑賞したこと、グッズを大量に購入したこと、1000円を超えるランチをよく食べていること、EXILEのコンサートや舞台のチケットなどが投稿されていた。このTwitterアカウントは既に削除されている。

 

日本における「貧困」とは

ますはこの問題を語るには「貧困」とは何かを知る必要があります。

これについては、このNHKの記事が分かりやすいです。

6人に1人! どうする"子どもの貧困" - 放送内容まるわかり! - NHK 週刊 ニュース深読み

この考え方って、ど真ん中の人の金額のジャスト半額。半分のところに線を引きます。これ言ってみれば、これが『貧困線』。で、どれぐらいか?
ちょっと想像してもらうために国の調査を元に計算したところ、こうです。
この『貧困線』ていうのは、最新の調査では2人世帯シングルマザーの家とかそうですよね!2人暮らしの家だと大体1年間に入るお金で自由に使えるが177万円ぐらい。3人の家だと217万円ぐらい。
これを下回るところに並んでいる人達のことを、人と比べて貧困ゾーンに入るので『相対的貧困』と呼びましょうという考え方なんですね。


ここを読むと分かるように、「6人に1人は貧困」と言うときの「貧困」の基準というのは、「明日の食べ物に困っている」とか「生活保護を受給している」とかそういうものではなく、基準としてはもう少し上に設定されているようです。

なので、一般的な言葉である「貧困」から出てくるイメージと比較すると、違和感を覚えるかもしれません。

なんとなく、「貧困」と聞くと、障子が破れた和室で、窓ガラスもガムテープで補強されてて、丸テーブルを家族で囲み、ご飯とみそ汁と漬物を食べているイメージが出てきますが、そういう本当にギリギリの生活だけではないんですよね、政府が定めた「貧困」というのは。

 

パソコンが買えず、1000円のキーボードで練習

今回、NHKは「この子はいろいろ苦労しているんです。クーラーもない家で生活し、進学の希望も叶えられず、パソコンも買えないので1000円のキーボードで練習しているんです」と報道しています。

 

この後半部分に炎上する理由が隠されていて、

  • クーラーがない→ふんふん、クーラーがないと家の中でも熱中症になるらしいし、クーラーがない家ってやっぱり少ないよね。かわいそう。
  • 希望する学校へ進学できない→高校以上が義務教育ではないといっても、夢を叶えるチャンスが与えられないのはかわいそう。

っていう部分には多くの共感が集められるかと思うんですが、

  • パソコンも買えず、1000円のキーボードで練習している→???

ってところで炎上しちゃったんですよね。

実際、パソコンなんてネットで探すなり、中古を探せばいくらでも安いものは見つかるだろうし、クーラーとは違って、電気代がかかるものでもなく、多少のやりくりをすれば買えるものだと思います。

 

「節約教」と「文句を言うな教」

僕個人としては彼女たちの生活に必要でないであろうパソコンにお金を出すのを躊躇う気持ちも分かりますし、彼女たち自身が批判される理由はないと思っています。

「パソコンが買えるか買えないか」の議論をすれば、「買える」という結論になるでしょう。

 

しかし、問題の本質は「1000円のキーボードがどうである」とか、「やりくりすればパソコンが買える」とかではなく、日本で定義される「貧困」に当てはまる家庭であり、最低限の文化的な生活を送るのに苦労しているというところです。

ネット界隈では多くの批判がNHKや彼女たち自身に寄せられていますが、結局、「もっと苦労している人たちがいる」というのはブラック企業に勤める奴隷自慢と変わりありません


僕は日本には「節約教」「文句を言うな教」が溢れていると感じています。

その両方の原因が、いくらか日本の教育にあるというのも皮肉なものですが、日本の社会を読み解くには無視できないものです。

日本人にとって節約することは美徳ですし、また、それと同時に耐え忍ぶことも称賛されます。

苦しかったとしても、「苦しいのはあなただけじゃない」と言われ、趣味にお金を使おうものなら「そのお金で〇〇が買えたよね」と言われ、自分の不幸を嘆こうものなら「アフリカでは今も子どもが死んでいます」と言われます

 

今回、取り上げられた家庭は政府が認める「貧困」であり、緊急ではなくとも、一定の支援を必要としている家庭の話です。

6人に1人の子どもが当てはまるということなので、30人学級であれば5人は「貧困」であるということで、もし今回のjkがその5人中、3番目だとすれば、そのクラスにはさらに貧しい子どもが2人いることになります。

 

まあ、そういうことなんですよね。

結局、上を見たらキリがないのと同様、下を見てもキリがないんです。

下を見て「もっと辛い人もいる。文句を言うな。」がまかり通るなら、アフリカで産まれて一週間で死ぬ子どももいますし、虐待の結果、殺される子どももいます。

なぜか日本では暴力的な被害を受けるか、自殺するほどのいじめによる精神的苦痛ぐらいしか同情が得られず、何か主張しようものなら「文句を言うな教」の餌食になってしまいます

 

「自己責任」ではない子どもの貧困

確かに、怠惰な生活を送ってきた人がなんだかんだで生活保護をもらえるのであれば、納得できない部分もあります。

しかし、貧困家庭の子どもが塾に行きたいと言い出したら、どう感じるでしょうか。

貧困家庭の子どもが親に高校に行くことを許可されず、働くことを強制されたらどう感じるでしょうか。

 

人は皆平等であるべきであり、もっと貧困家庭の子どもへの支援というのは充実させてもいいと思っていますし、大学もなんなら国公立大学はすべて無償でも構いません。

大人の貧困は自己責任と言われても仕方がないのかもしれませんが(ここは難しい問題です)、子どもにとって、生まれた家庭で何もかもが決まってしまう世の中では、あまりにもかわいそうでなりません

また、救いの手を差し伸べる範囲は、「明日の食べ物に困っているレベルの貧困」でなくともいいと思います。人が人として生きるにあたって、「衣食住が満たされれば良い」というのは過去の話です。

 

エグザイルのライブに行こうが、少し高い画材を買おうが、一般家庭から見て極度の贅沢でないのであれば、バッシングの対象にはなり得ません。

「自分は何の贅沢もせず、趣味には一切お金を使っていない!あの子は贅沢だ!」と思うのであれば、おそらく、そう思った人も救われるべき対象なんだと思います。

 

まとめ

これが日本特有なものなのか、もしくは最近の日本がそうなのかは分かりませんが、あまりにも他人に厳しい世の中だなと感じています。

食べ物に困っていなければ支援の対象とはならないんでしょうか。

趣味にお金を使えば、支援の対象とはならないんでしょうか。

社会のピラミッドの最底辺の最底辺以外は、政府は対処しなくてもいいんでしょうか。

なんとなく、そんな思いから記事にしてみました。

今日もまとまっていませんが、こんなところです。

 

参考にさせていただいたブログ


以上、本日もあめおど管理人がお送りいたしました。